光の中で生きるために by Nightingale

「あなたのその態度に傷を受けている人が多い」
摂理に来て、そう言ってくれた人がいました。
「あなたが過去に傷ついてきたのは知っている。皆優しいから神様の心で接しようとしてくれるけれど、血を流している。あなたがいつまでもそこにとどまっているのは間違っている。変わらないと」
私は、私のために人が傷ついても当然だと思ってきました。
自分の人生を到底受け入れられなかったからです。
よくある話ですが、
小学校の時から先生ぐるみのいじめに遭い、親とも誤解があって家庭の中でも会話はなく、
中学校の3年間は、家でも学校でも、ほとんど言葉を発することがありませんでした。
妹は病気で一時期は家族のことも分からなくなり、母親は異常なまでに私に執着して、
社会人になっても18時を過ぎると「今どこにいるの」と着信の山。不器用な父親は遠巻き。
どこにいっても居場所がなくて、「普通になりたい」とずっと願って生きてきました。
人が怖くて、でも、西洋文学や建築物、絵画、音楽、人を通して現される芸術にあらがい難い魅力を感じていて、
図書館や美術館に入り浸っては、この、人を突き動かす信仰というエネルギーは一体どこからくるのだろう?と
漠然と考えていました。
家族、友人、夢、そういうものを渇望して、でも到底自分には手に入らないと思って、そういう一切を否定し、
蔑んでいました。
どうせ私の将来は孤独死だと思って生きていました。
飢えていました。
他人に対して攻撃的になり、
人が私のために傷ついても、正直、私はそれ以上の傷を受けてきたんだから、相手が傷つくのは当然、と思っていました。
そのくせ、愛されたくてたまりませんでした。関心を持ってもらいたくてたまりませんでした。
愛されているという確信がほしくて、また、自分の価値を確認したくて、
摂理に来てからも、兄弟姉妹に対して、自分が傷ついたり忘れられたりした瞬間、途端にスイッチが入って攻撃的になり、自分でも手がつけられないことが本当に多くありました。
また逆に、自分が本当に一人ぼっちだと思って絶望してしまうことも多くありました。
本当に、なんでもない小さなことで、我を失い、
その人が本当に信頼していい人なのかどうか、
その人を傷つけて、その態度を見て量っていました。
それでその人が離れたら「やっぱりね!」と自分が傷つかないように虚勢をはり、
その人が傷を受けても変わらず私を忍耐強く愛してくれたとき、そこでやっと愛を確認し、ほっとして、
そして猛烈に落ち込むのです。
自分を愛してくれた大切な人を、自分が一番傷つけたくない人を傷つけたという事実に耐えられなくなるのです。
その人を通して神様の愛を量っていました。むちゃくちゃでした。
そんな私が思うのは、摂理にきたからといって「=救われる」のではなく、
そこには、変わるための過程の中で絶対的な自分の努力、労苦が不可欠であり、神様と人間それぞれに責任分担が存在するということです。神様は100%、自分に対して愛を与えてくださっています。
神様の側は100%。残りは、自分次第。自分が認め、労苦し、愛した分だけ変化するのです。公儀の神様です。
そして、神様と共に行う努力は必ず報われ、また、進むべき道を示してくださるということを、日々感じています。
そして神様が、絶対に私自身を諦めない方だということを。
御言葉で、「憐れんだからではなく、愛したから連れてきた」とおっしゃったことがありました。
神様は私に、あんなにも渇望していた家族、兄弟姉妹、本当に心情から分かち合える友達、目標、愛、笑顔…
何もなかった私に、全てをくださいました。
ある時、実家に帰省した際、帰りの駅に向かう私を、
「今言わないと、一生言えない気がする」と母が呼び止め、
「小さい時にあなたを殴って悪かった。最近毎晩夢に出てくる」と言いました。
「遅くに生まれた子だったから、周りに恥ずかしくないように育てたかった。あなたはいつも本当によく我慢した。
泣かなかった。でもずっと寂しそうにしていた」と。
そして「お母さんはお父さんのことを好きだったけど、お父さんは関心がなくていつも寂しかった」と。
その瞬間、神様は私だけでなく私の家族を救うためにも、この摂理に呼んでくださったんだと悟りました。
様々な問題を、私の代で断ち切りなさいと、神様が御心を置いて下さったんだと思いました。
本当に家系のために悔い改めないといけないと思いました。
正直言って、私はまだ回復の途中です。
ふとした瞬間に、昔の自分が顔を出して、色々言います。
「お前なんて」
「お前なんかに価値はない」
「お前の言うことなんか誰も聞いていない」
「お前だから捨てられて当然だ」
自分ひとりを救うことがどれほど難しいでしょうか。
全く違う人間としてもう一度生まれて、人生を生き直せたらと、どれほど思ったことでしょうか。
結局、摂理に来ても周りと自分を比べて、自分を受け入れられない自分がいました。
そのたびに先生は御言葉を通して私のところに来て下さり、助け出してくださいました。
今はもう、全てのそういう負の感情を捨てて、しなやかに、力強く、私を救って下さった神様と共に、生きたいです。
ただ愛だけを持って、光の方へ。
Nightingale


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