母からのメール。
今は誰も住んでいない和歌山のおばあちゃん家に、
シロアリが出て、
取り壊さないといけない。
私の記憶の中のおばあちゃん家は、夏のイメージです。
夏休みになるたびに、お父さんの運転する車に乗って遊びに行っていたからです。
近所の盆踊りに、いとこたちと浴衣を着て遊びに行ったこと。
おじいちゃんが歌う「月の砂漠」をいつもうっとりしながら聞いていたこと。
おばあちゃんの家は庭に、おじいちゃんが作った小さな池があって、
地下からひんやりした冷たい水が湧き出ていて、サワガニがどこからかやってきたり、
私が子供の時に近くの川で捕ってきたメダカみたいな小さな魚が、
「あなた、どうしちゃったの」というくらい大きく育っていたり、
縁日ですくってきた朱い金魚と。
子供の私にとっては小宇宙で。
その神秘的な小さな世界を眺めているのが大好きでした。
小さい頃に、伝記で読んだメアリ・アニングに憧れて、
「私は考古学者になる」とおばあちゃん家の庭を掘り起こしてクレーターみたいにしてしまったり(おじいちゃんもおばあちゃんも、私を怒ったことなかったなぁ…)。
おじいちゃんの部屋の窓際にバラの花が咲いていたのも素敵でした。
新しいもの好きで、
スラッと長身で、
おしゃれ。
いつも自分を新しく作ることに熱心で。
格好よくて(笑)
大好きでした。
晩年は英語の勉強をしていました。
亡くなった後何年もして、おじいちゃんの部屋を掃除していた時、
小さな聖書を見つけました。
ホテルに置いてあるような、小型の、英語と日本語で書いてある聖書でした。
おじいちゃんは仏教徒(たぶん)なので、
どうしてそれがおじいちゃんの部屋にあったのか、分からずじまいですが、
おじいちゃんが私の道を繋げてくれたような気がしました。
おじいちゃんを、先生に会わせてあげたかったな。
おじいちゃんなら、私の家族の中で、誰よりも先に導かれたと思います。
そして、先生ととても話が合ったと思います。
一つの時代が終わって、
この地上にあるものは何一つ例外なくいつかはもとの塵にもどり、
私たちが持てる永遠に朽ちないものはただ霊だけだということ、
記憶の中で輝く、朽ちていくものを思い浮かべながら
神様が私にくださった天国の永遠に朽ちない家を思いました。
そこにもきっと、小さなサワガニと、魚たちが暮らす、輝く小宇宙があるのでしょう。