鄭明析(チョンミョンソク)牧師は、
御言葉を十分に教育してくださっている上で、
こう話されたことがあります。
体験による教育には言葉がいらない
まさに神様は、
私たちに体験させながら、
自分が悟れるように導いてくださいます。
誰かにやりなさいって言われてやるよりも、
本人がやらなきゃ!って思うのが
一番早く、一番良くできますよね?
私は、この摂理の教育方法がどれほど良いのか、
子育てを通しながら日々感じています。
安全を確保したうえで、
子供たちが体験して、自分で考えられるよう、
思考錯誤しながらやっています。
危ないよ、
熱いよ、冷たいよ、
暑いよ、寒いよ、
痛いよ、ぶつけるよ、ころぶよ、
…
口を出そうと思えば数知れず。
様々な予測が働いて、
前もって注意し、私がやってしまうことがありますが、
結果は子供の気持ちが満足せず、
うまくいかないことが多いです…(;´・ω・)
少しやらせてみて本人が気付くようにすると、
自分から注意するようになります。
例えば、
寒い時期に外出するとき、ジャンパーを着たくない子供。
こういうとき、どうするでしょうか。
①寒いから、と言って無理矢理着せる。
②外に出てみて、寒さを経験してから、ジャンパー着たいと本人が思う。
③寒くないのか、やっぱり着ない。
①だと本人の心が満たされないし、
②だとありがたいけど、
③は風邪ひかないか他の部分でカバーしなきゃですね。
いずれにせよ、②、③のように
自分で体験すると、自分自らやるようになります。
このような教育をしてくださるのが摂理。(伝わります?)
自ら行動することを
とても喜んでくださる神様だ、と教えて下さるのが摂理です。
宗教と言えば、
無理矢理とか、洗脳とかイメージされちゃいますが、
摂理はそうではないので、安心してください(笑)