聖歌隊讃美 「種となって」 と経緯

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12:24よくよくあなたがたに言っておく。

一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。

しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる。

(マタイによる福音書12章24節)

 

キリストの生をキリスト自身が証する、 聖書の中の有名な一節です。

私は高校生の時にアンドレ・ジットの作品で初めて知りました。

作品の内容はあまり覚えていません(笑)

この聖句だけが頭に残りました。

 

今回ご紹介する摂理の賛美は…

『種となって』

 

この讃美を通して、 神様がどんな心情で種一つをこの地に送ってくださったのか、

人間を生かそうとする神様の愛が見え、 神様の歴史が見えます。

 

いばらのようなこの地に、 種一つを蒔いて下さったその瞬間、

神様の脳に浮かんであろう黄金の平野が

キリストを通して私一人を通しても今も成されていることに 心から感謝します。

 

1番の「種」は、イエス様。そしてこの時代に「種」となってくださった方。

2番の「種」は、「種」によって生かされた私たち自身。

 

「種一つが野原になる 我が生蒔かれ 地を覆いつくす」

この歌詞が自分自身のことを歌っていると気づいた時、

とても感動し、感謝しました。

 

そして、私がどんな状況に陥ったとしても、 私に希望を見出し、

水をやり、肥料を与え続けて、 育ててくださる神様に、感謝します。

 

<種>はただ感謝、ただ愛です。

だから神様は ‐いつも喜び、感謝し、笑い、‐全ての人たちのお手本になり、

‐すてきで輝かしく、栄光を帰して聖三位を愛する人たちを <種>にして大切にし、

彼らを蒔いて、植えて「黄金の平野」にお作りになります

(2015年11月11日水曜日の御言葉  主題:<種>で「黄金の平野」を作る)

 

自分を「よい種」に作りなさい。「よい種」になって蒔かれなさい。

<2015年11月14日土曜日の明け方の箴言>

 

黄金の平野が見えますように。