子どもに無条件で愛してもらってる話〜命を生かす愛〜

あっという間に、今年も一ヶ月が過ぎ…。

梅の花や水仙の花を見つけて、移りゆく季節を感じております、おたあです^^

 

 

さて今日の内容は、

ネットでもいろんな所で目にする、

 

「無条件に愛を注いでいるのは、親ではなく、子供の方だ」

という話☝️

これ、ホントにそうだ…‼️と実感しながら生きる毎日です。

 

子育てにおいて

親は子供の絶対的な安全基地であるべき。全ての感情を受け入れてあげましょう。

…そんな内容の言葉を、育児本などでよく見かけます。つまりは、無条件の愛を子どもに注ぎましょう、と。

 

 

しかしながらですね

 

 

 

実際に、子どもと生活すると

 

圧倒的に無条件の愛を注いでるのは、子どもの方です🤣なんて思ふこと山の如し⛰️笑

 

 

いろんな方が、それぞれの大事なエピソードを踏まえて、このテーマについて発信されていますが、今日は、私も…🤭

 

 

普段の子供とのやりとりから出発して

 

「無条件の愛」について、いざ、綴りてみん✏️

 

 

 

 

子どもが生まれ、

最初は何してもボーッとしている新生児からのスタート…

少しずつ感情が芽生え…、自分で移動出来るようになり…、お喋りできるようになってきて…

 

2.3歳ごろから

「ママ大好きー❗️❤️」と愛情をダイレクトに表現してくれるようになりました。

(私自身も、彼等が生まれてこの方、毎日「大好き❗️」を伝えておりますがね💪❤️)

 

 

しかし、結構頻繁に愛を表現してくれるので、最初はびっくりしてしまい🤣子どもらがなんか不安を抱えての発言ではないかと、逆に心配になって、保育士さんに聞いたこともありましたwでも、心配なことはないと😇

 

 

夜も必ず、3人(長男・私・次男)で手を繋いで就寝🛌

 

 

しかし

いつも親子共々、ご機嫌な訳でもなく

雷を⚡︎落とし合う(?笑)ことも、あります😅🙏

 

 

 

しかーし

子どもの切り替えは、wonderfulなほどに、とても早く

 

 

すぐに、ケロッと。親に歩み寄ってくれます。クシャッと笑顔で「まま大好きー!」「ご飯オイシイね!」などなど。

 

 

親の方が、つまらない事にこだわって、気持ちを切り替えられてなくても😇子どもたちの方が、普通に頼ってきたり、愛を表現してきてくれたり。

 

 

 

その笑顔のパワーで、こちらも笑顔になるしかありません。(それでも切り替えられない時もあります😇スミマセン😇)

 

 

 

家に平穏が戻り、命を吹き返すやうな…🌱w

 

 

 

その純粋さ、切り替えの速さよ。

 

 

 

 

 

子どもたちの愛の対応に、毎日救われている自分です。

 

(社会の目とか、いけないことはちゃんと伝えなきゃとか?…余計な事を気にして、大人の考えは色んな事が、巡り巡りて…)

 

 

 

子どもたちの思考は、まだ経験が浅いことから、ある意味シンプルで単純、時には大胆wです。

 

 

 

また、何かの育児本かネットで、

子どもは、特に怒られた時や、親がイライラしている時には、不安な気持ちになる。「自分の心を安心させたい」🟰「親に笑顔でいてほしい」のだという内容を、目にした事があります。

 

まだまだ小さい子どもにとって、家庭が生きるのに一番基本的な場所。親が一番大きい存在ですよね。

 

親の笑顔が、子供の成長にもたらす影響は絶大で。情緒安定、自己肯定感アップ、脳の海馬の成長(学習能力・記憶力)…などに繋がる、とも言われています。

 

 

つまりは…

子どもたちは、自分が生きて成長するために自ら「愛する」ように神様は創造された。

自分の命を守るために、愛情表現でもって、親と繋がるようにしている、のか…。

 

 

…とも言えるのではないか。

 

 

なんか、これも深いね…

 

 

(と、自分で納得していいのか🤔)

 

 

🤔

 

 

 

おっと…、今回の話、帰着点が分からなくなってきたぜェ…😇🌀と思ってきたところでw

 

鄭明析先生のこんなエピソードを、神様が思い出させてくださりました。

 

摂理のメンバーなら知らない人はいない🤭ベトナム戦争での話。

 

私の命が敵の主管圏に渡っていって、敵の銃口の前に立つことになりました。ほかに避けられる方法はなく、精神、考え、心がすべて止まってしまって、肉体が行動することができませんでした。

助けてくださいと神様を呼んだら、神様は「敵を愛しなさい」とおっしゃいました。それで先生が「愛するために敵の方に近寄ったら、自分を害すると思って、向けている銃を撃って、私が死にますが」と言ったら、神様は「それでも行きなさい」とおっしゃいました。

死を前にして神様の御言葉に聞き従って敵の方に行ったら、敵が銃を撃ちませんでした。それで私も助かり、敵も助かり、二人とも助かるようになりました。

 

神様は私が敵を愛してのみ、敵が私を殺さないように御わざを行なわれました。これが全能なる神様の方法です。

2025年8月3日主日の御言葉」より

敵に銃口を向けられ、今にも撃たれんとする状況で、先生は神様の「愛しなさい」の助言に従い、銃を捨てて敵に駆け寄り、抱擁したのでした。

 

あまりにも‼️過酷過ぎる状況ですが、命を生かすために、歩み寄って愛するようになさった神様。

 

 

愛が深過ぎる、全能者神様。

 

 

でも、言い換えてみれば、

神様の方法って、至ってシンプルですよね(状況上、そうするしかなかったとも思うのですが(^◇^;))。

 

 

この世で何よりも、貴重で尊い「命」を守るため

 

余計な思考を挟まず‼️

間髪入れず‼️

 

行われる神様なのだなと、改めてしみじみ思った、おたあでした。

 

 

あのエピソードで、もし、先生が、

「今そんなことしたら、こうこう、こうなって…」とか、何かに拘って、余計な事をぐるぐる考えてたなら、命は助からなかったでしょう。

 

 

大好きな人ならともかく、自分を殺そうとしている敵に、愛を示すなんて‼️

え、このエピソードこそ「無条件の愛の典型例」ではないか❗️と、興奮してます。笑

 

鄭明析先生はいまでも、どんな状況でも、その愛を実践してくださり、私たちのために真心で祈ってくださっています。

 

 

このエピソードの構図が、ある意味、親との関係を回復すべく、愛で歩み寄る、子どもたちと重なったのでした(全然状況違うけど😇🙏)。

 

 

子どもたちの、純粋かつシンプルな心に、神様はいつも働きかけてくださってるんやわぁ。

幼子に関する聖句をひとつ…

「「よく聞きなさい。心をいれかえて幼な子のようにならなければ、天国にはいることはできないであろう。」

マタイによる福音書‬ ‭18‬:‭3‬口語訳‬

 

無条件の愛について、ここまで、四方八方に考えてきましたが、まとめとして、

 

❶愛を実践するのに、考え方や方法は、難しくする必要はなく、simple is the best!なんだなぁと…(急に英語🔤)

このシンプルさが、幼子の心に繋がるのだなぁ。

 

❷命を生かすのは「愛」である。

 

❸命を生かす「愛」には、何かの条件(理由)は必要ない。これが自然に「無条件の愛」に繋がるのだなぁと…。

 

よく考えてみたら、

命を生かすのに、条件(理由)なんて、いりませんね。

病院に救急搬送されてくる患者を、理由をつけて拒むことはないですよね。

 

 

 

無条件の愛かぁ…

命を生かすための奥義だぁ

 

 

 

はたまた

日常の些細な出来事から、しみじみ考え、何処となく広がっていった、おたあでした🍵

 

ここまで…!お付き合い頂き、ありがとうございました❤️🙇‍♀️