伏線の回収〜神様の粋な計らい〜

こんにちは♪おたあです^^

私ですが、職場で生徒向けに、昨年度から毎月お便りを書いておりまして

教室に掲示するタイプのものなので、生徒たちがどれだけ読んでくれてるかわからないのですが🤣

 

先生方が、ちょくちょく、お褒めの言葉をくださって…🥹

生徒に「ちゃんと読んどいてね❗️」と勧めておいたよ‼️と仰ってくださったり🤭小躍りのおたあです笑

 

このお便りを書きながら…

高校生の頃の自分をよく思い出しています。

 

昨年はこの執筆を通して、自然と自己分析するようになり、過去の親子関係などもより俯瞰して見れるようになったり…。

 

新たな自己発見につながりました。神様が、自分の成長のために与えてくださった、大きな機会だと感じています。感謝します❗️

 

さて、今日は高校生の頃のエピソードをひとつ…。

 

まだ教会に通う何年も前から、神様が、自分を導いてくださってたなぁと、感じた出来事。

 

高校の現代文の授業で、坂口安吾『ラムネ氏のこと』という評論を勉強していた時、

 

キリスト教の愛が、初めて日本に伝わってきた時、日本語の「愛」とは訳せず、「御大切」と訳したという話を、初めて目にしました。

 

当時、恋愛に憧れを持っていた自分…笑。「愛」という言葉にも、とても関心がありました。

恋愛小説やドラマの影響を受けていたのもあり、🤣

「御大切」と訳したこのエピソードは、自分が持っていた「愛」のイメージとギャップがあり、衝撃が走ったのでした。

(因みにこのエピソード自体は、評論文の本旨とは、そこまで関係ありません🤣)

そとそも「キリスト教の愛」ということで、一般的に世の中で取り立てられる「愛」とは、違うものだったとは思いますが、

高校生ながらにも

「愛」って自分が思っていたよりも温かくて、次元の高いものなのかもしれない…。夫婦愛、家族愛…、男女の関係だけでなく、色んな所において、愛は芽生えさせることができる

 

人間が、命が、生きていくのに必要不可欠な要素なのだろう…と、しみじみと考えたのでした。

 

「愛」って、なんて深ーい🥹‼️と、ひとりで感動し、その日の夜、長文の日記をしたためた記憶があります笑

 

あれから20年以上経ちますが🤣愛ってすごいんだなぁと、なんだかとてもワクワクした感覚は、今でも不思議なほどハッキリ覚えています。

 

あれは、今になって振り返ると、明らかに神様からのメッセージだったのだろうなぁと思います^^

 

 

当時は、後に自分が、

聖書を学び神様を信じ、神様の愛にどっぷり浸かり、それによって生かされる人生を歩んでいこうとは、思ってもみませんでしたね。

 

神様が巧みに、人生の伏線を張ってくださってたように思います🌱

 

こうやって、摂理に来て、これまでの人生を振り返ってみると

あの時、神様がこんな風に自分自身に働いてくださってたんだ‼️と気付く事が多く

 

神様がこっそりと張ってくださってた、伏線を、回収しているような気持ちです^^

 

みなさんも、

あの時のあれが、ここに繋がっていた…‼️

みたいな…☺️

人生の伏線を回収するような出来事はありますか^^

 

実はそれは、神様による粋な計らいかもしれません☺️✨

 

それでは、みなさま、良い週末を🌿