自分と人との境界線

 

わたしはHSPと呼ばれる、
繊細で敏感な性質を持っています。
身長の高い低いなどと同じで、
色んなことをより感じ取りやすく、
人の雰囲気や気分にも敏感です。
そしてその性質を持っている人は、
人との境界線が曖昧になりやすい、
と言われているそうです。

人が機嫌がいつもと違うのを察知し、
「どうしたんだろう?」
「わたしが何かしたのかな?」
と、自分がどうにかしないとと思ったり。
その人に何があったかなんて、
本人に聞いてみなければ分からないのにね。
口内炎ができて痛いだけかもしれないし、
ガスの元栓を閉め忘れてないか考えてるのかも。

人がなにかに悩んでいる話を聞くと、
自分も全く同じように悩んでこそ、
ちゃんと話を聞いている気がして、
いつまでも真剣に話を聞いてしまったり。
職場に苦手な人がいると疲れてしまうから、
職場の人全員と仲良くしようと思って、
苦手な人にわざわざ近付いて話しかけたり。

気付いたらエネルギーを全部使い果たして、
休日に寝たきりになることも多いです。
毎日全力で気を使ってたらそりゃあガス欠になる。
その苦しい気持ちを神様にもなかなか話せず。

神様が人を愛するようにわたしも愛したい。
という思いもありました。

 

でも最近また気持ちが地の底まで落ちてしまい、
職場で笑顔が作れず、生活がままならない状態に。
言葉に表せないくらい心が苦しかったですが、
やっと自分の本音がたくさん聞けました。

「相手の気に入るようにしないと
愛されないと思ってやってきたのに、
なんであの人は素のままなのに好かれるの?
ずるい!」

「職場の人を大切にしようと思って接しても、
影で悪口を言われたりもする
だったらもう大切にしたくない!」

 

それと、こうも考えました。

 

「みんな自分の人生を生きているから、
そこをどうにかしなきゃと思うのはある意味、
高慢なのでは?」

「度を越して相手に踏み込んでいなかったか?」

なにか有益なことが出来てこそ愛される。
という考えが残っていたことが分かったし、
自分が少なからず相手に見返りを求めて
接していたことも知ることができました。
無理して機嫌をとるのはやめようって、
やっと決心できました。

 

自分と相手との間に線を引くのです。
その人の人生の責任を取るのは神さまだから。
突き放すわけじゃなくて、
すぐ人と自分が混ざるから気をつけよう。
人の気持ちを察知できることは長所。
でも使いすぎてエネルギーを浪費して、
倒れてしまうのを繰り返すのはよくないよなあ。

でも神さまは人間を作ってから、
何回裏切られて心を痛めつけられながらも、
それでも人間を無条件、愛してくれている。
そんな神さまの人間への愛を思うと、
やっぱり神さまの次元まで到達するには、
まだまだ遠い道のりだなあと思いましたが、
不思議と今は希望的な暖かい気持ちです。

神さまから愛されている自分を
大切にするところからやってみよう。
自分の人生を、神さまと一緒に生きたい。

 

もうすぐあじさいも終わりですね。


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HSPな個性を生かすライフハック、看護師をしながら感じたこと、日常のことなどを書いてます。写真と時々イラストも。