とうとう自分を愛せるようになった話。

寒いですねさいきん。

ニットが大好きなわたしは

毎日の服選びがわくわくです。

汗かきなので今ほんとうに最高の季節。

 

さいきん

自分の考えの歪みを直すために

いくつかやっていることがあります。

その中の1つが

苦手なことを「〜作戦」と名前を付けて

わざと実行したりしなかったりしてみること

 

今まで人に気を使い過ぎていたけれど

気を使わない時と使っていた時と比べて

相手の反応って意外と変わらないなあ〜

そんなに気張らなくても大丈夫みたいだ。

というエピソードを何度も体感することで

持っていた考えとすり替えることが目的です。

 

後から本を読んで知ったのですが、

「認知行動療法」という考えのクセを治す

ワークのひとつのようです。

 

直近でやってみたことをあげてみると

・勤務日の変更をお願いされて了承したけど

予定が入っててやっぱ無理でしたと言う作戦

 

・怖い上司レベルの相手の挨拶に対して

ローテンションで挨拶を返してみる作戦

 

・いつもなら相手の雰囲気を察知して

先回りしてこちらからアクションするが

わざとそれをスルーしてみる作戦 などなど。

 

わたしは「作戦」と語尾につけることで

少し客観的に考えることができて

もし失敗してしまってもダメージが

少なく済むというメリットがあります。

 

 

ここからは自分語りになってしまうのですが…

 

びっくりなことに

摂理に来る前から同じようなワーク

無意識にやってきてたんです。

でも考えの根底に(スキーマというらしい)

「わたしは無価値な人間だ」

という考えがずっとあって

やってもやってもそれが消えず

苦手なことにチャレンジすることで

さらに自分を落ち込ませ不安にさせ

自信のなさを助長させました。

ずっと自分が「普通じゃない」と思って

自己分析を重ね試行錯誤の人生でした。

 

摂理に来て

考えの歪みを持ったままのわたしは

何度もできない自分を叱り

思い切り嫌悪していました。

「こうあるべき、こうしなければ」

と自分を縛りつけて虐めていました。

 

神さまは違いました。

「やればできる」

「もう一回やってみよう」

「あなたを愛している」

わたしの考えと真逆のことをいいました。

いっっつも、全然、逆でした。

だからその言葉が理解できませんでした。

 

摂理にきて3年すぎて

それでも心はずっと苦しんでいました。

もう諦めようと何百回目かに思っていた時

最後に今まで自分が「こうあるべき」と

やってきたことと逆をやろうと思いました。

自分を我慢させることも

無理やり従わせることもやめました。

「さぼってる」「存在価値がない」

浮かぶ自分の考えも認めつつ続けました。

 

そうしたらある日

子供の頃の母からの言葉がきっかけで

「自分はあまりにも醜くて太っている」

とずっと囚われていた考えがあったのですが

それが突然取り去られました。

そこから他の考えの回復も始まりました。

ワークにも取り組む意欲がでてきて

やればやるほど成長があって楽しいです。

 

今まで生きてきた時間の中で

こんなに自分のことが好きだと思えて

心が穏やかなことがあっただろうか…

ずっとトンネルを掘るように

ゴールが見えなくて苦しかったけど

神さまの考えを受け入れられた時に

道が開けたことが衝撃的でした。

 

本屋さんやクリニックに行けば

神さまを知らなかったとしても

考えを治すワークに取り組めます。

ただわたしが実際にやってみて思うことは

自分を真に価値あるものとして

愛してくれる対象がいると分かって

やることは天と地の差だということ。

わたしはそもそも、愛されていることを

実感するのに時間がかかりましたし笑

 

わたしだけじゃなくて

みんなが心に傷を抱えているはずだから

こんな事例もあるんだと参考になれば。

 

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