自分と人は別の存在だという話。

この間、本屋を巡りながら

『博士の愛した数式』という本を

ふと思い出した。

主人公の家政婦が

日々の中で見つけた数字たちを

足したり組み合わせたりしながら

意味を深めていくシーンがある。

 

私は

車のナンバープレート

電話番号

時計など

なにかしらの数字が目に入るたびに

もしや神様からのメッセージではないかと

さまざまに思いを巡らせる。

なんだか似ているなと思った。

 

文章の中のなんともいえない

穏やかな空気が忘れられない。

実家の自分の部屋にあるかなあ。

 

家政婦が派遣された家にいた

博士は記憶が「90分」しかもたない。

大切なことを忘れないように

書き留めたメモをたくさん

貼り付けた背広を着た変わった人物。

でも

物静かな穏やかさをもっていて

暖かい愛にあふれていて

自分の周りにある世界を

とても大切にする人なのだと

読み進める中で感じられる。

 

外側を見ただけでは到底

内にあるものを判断することはできない。

接してみていくうちに感じて分かる。

それでも相手の全てのことを

理解することはできない。

 

わたしは

人の感情が曇っているような

雰囲気を感じたりすると

どうにかしてその人に

笑顔になってほしいとか

わたしがどうにかしなければと考えて

焦り、不安になり、心が圧迫されていた。

しかし、わたしがどうにかしなければ

と思うということは

相手を助けたくてやることだけれど

相手をどうにかできるという

高慢な心も持ち合わせているのだと悟った。

 

正直、自分のこともままならなくて

途方に暮れることが多いのに

どうして他人のことが分かると

思っていたのだろう?

 

人の機嫌を伺うことは昔からの癖で

そうすぐには治らないけれど

すこしずつ自分と自分以外の人を

いい意味で別の存在だと

認識する練習をしてみている。

そうしはじめて

以前よりも心が楽になった感じがする。

 

そして祈りについても考えた。

わたしは祈りに対して

価値を分かりきれていなくて

お腹が空いた人のために祈っても

すぐには満腹にならないし

神様の姿を肉眼で見ることはできないし

祈る意味があるのだろうか?

とか思っていたところがあった。

 

でも祈ることは

自分の高慢さを振りかざして

自分の力だけで無理矢理に

なにかをするのではなくて

全ての人間や万物、宇宙までもを

治める力を持ったその方に

助けを求めて

抱える問題をゆだねる

清らかで美しい行為だなと思った。

 

その人のために祈ってあげることが愛だ

 

ただひとりの愛する人に

自分のことを話すように

もっと信頼して

身を任せて

話せる人になりたいと思う。

 

あんずのシロップ漬け。友人宅にて。

 

匂いに敏感だということを逆手にとって、

いい匂いのものをたくさんかいで

癒される作戦にはまっています。

アロマオイルも好きだけど

みかんの皮とか、意外とおすすめ。


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看護師をしながら感じたこと、HSPな個性を生かすライフハック、日常のことなどを書いてます。写真と時々イラスト。